第36回 有馬記念 レース回顧
1991年は正に"ダイユウサク"に始まり、"ダイユウサク"に終わった1年であった。
この年の初め、京都金杯では重賞常連であるホワイトアローを破り、3連勝で重賞初制覇を飾った馬が、年末のグランプリで栄冠に輝く予想できた人間は果たして何人いたであろうか?
おそらく陣営でさえ予想していなかったと思われる。
この年のG1戦線はメジロマックイーンを中心に回り、天皇賞春では得意の距離で圧勝、宝塚記念では僚馬であるメジロライアンに惜敗、春秋制覇を目指して挑んだ天皇賞秋では1着入線も18着に降着、そして日本馬の総大将として挑んだJCは日本馬最先着を果たすも、ゴールデンフェザントの4着、そしてファン投票1位に選出され挑んだ有馬記念では堂々の1番人気に支持される。
しかしながら、第36回有馬記念馬に輝いたのは、誰しもがマイラーと思い、2,500mの距離では不要と思われていた"ダイユウサク"であった。
レースは稀代の逃げ馬ツインターボがいつも通りの展開で馬群を大きく離して逃げ、天皇賞馬プレクラスニーにダイタクヘリオスが先頭集団を形成、この距離としては速いペースで縦長の展開でレースは進み、先行抜け出しを得意とするメジロマックイーンはいつもよりは後方の中団でメジロライアン、ナイスネイチャと共に追走する展開に。
直線は粘るプレクラスニーにダイタクヘリオスを目掛けて、後方待機組みが殺到し短い直線の中山コースながら白熱した追い比べになるが、内からスルスルと抜け出したのはダイユウサクで、メジロマックイーンを並ぶ間もなく抜き去り、栄光のゴールを駆け抜けた。
アナウンサーも「何と内からダイユウサク!」と実況、場内もダイユウサクの劇走に静まり返ったレースであった。
終わってみればレコードタイムでの決着で、自分の時計分は走ったメジロマックイーンは2着、マックイーンにとっては、期待された今シーズンのタイトルは天皇賞春のみとなった不本意なシーズンとなる。
勝ったダイユウサクはこの翌年も現役を続行するが、以降は勝ち星に恵まれずにターフを去っていった。
種牡馬引退後は優駿ビレッジAERUでのんびりと余生を過ごしており、放牧場では仲良しのニッポーテイオーと草を食む毎日である。
ダイユウサク
父 ノノアルコ
母 クニノキヨコ(母の父 ダイコーター)
戦績 38戦11勝
'91 有馬記念(G1) 1着
'91 京都金杯(G3) 1着
この年の初め、京都金杯では重賞常連であるホワイトアローを破り、3連勝で重賞初制覇を飾った馬が、年末のグランプリで栄冠に輝く予想できた人間は果たして何人いたであろうか?
おそらく陣営でさえ予想していなかったと思われる。
この年のG1戦線はメジロマックイーンを中心に回り、天皇賞春では得意の距離で圧勝、宝塚記念では僚馬であるメジロライアンに惜敗、春秋制覇を目指して挑んだ天皇賞秋では1着入線も18着に降着、そして日本馬の総大将として挑んだJCは日本馬最先着を果たすも、ゴールデンフェザントの4着、そしてファン投票1位に選出され挑んだ有馬記念では堂々の1番人気に支持される。
しかしながら、第36回有馬記念馬に輝いたのは、誰しもがマイラーと思い、2,500mの距離では不要と思われていた"ダイユウサク"であった。
レースは稀代の逃げ馬ツインターボがいつも通りの展開で馬群を大きく離して逃げ、天皇賞馬プレクラスニーにダイタクヘリオスが先頭集団を形成、この距離としては速いペースで縦長の展開でレースは進み、先行抜け出しを得意とするメジロマックイーンはいつもよりは後方の中団でメジロライアン、ナイスネイチャと共に追走する展開に。
直線は粘るプレクラスニーにダイタクヘリオスを目掛けて、後方待機組みが殺到し短い直線の中山コースながら白熱した追い比べになるが、内からスルスルと抜け出したのはダイユウサクで、メジロマックイーンを並ぶ間もなく抜き去り、栄光のゴールを駆け抜けた。
アナウンサーも「何と内からダイユウサク!」と実況、場内もダイユウサクの劇走に静まり返ったレースであった。
終わってみればレコードタイムでの決着で、自分の時計分は走ったメジロマックイーンは2着、マックイーンにとっては、期待された今シーズンのタイトルは天皇賞春のみとなった不本意なシーズンとなる。
勝ったダイユウサクはこの翌年も現役を続行するが、以降は勝ち星に恵まれずにターフを去っていった。
種牡馬引退後は優駿ビレッジAERUでのんびりと余生を過ごしており、放牧場では仲良しのニッポーテイオーと草を食む毎日である。
ダイユウサク
父 ノノアルコ
母 クニノキヨコ(母の父 ダイコーター)
戦績 38戦11勝
'91 有馬記念(G1) 1着
'91 京都金杯(G3) 1着


